IT教授の素因数分解

私は響教授に採用していただいて地方国立大学IT系の助教となった。響教授は私を連れて母校に私を紹介してくれた教授に挨拶に行った。響教授は学部だけは私と同じ数学科の出身で面識はなかったものの先輩にあたる。挨拶先の研究室には数学を専攻する学生が出入りしていた。1990年代前半の事であり、windows95が発売される前だった。当時は数学と IT にそれほど関係がある印象はなかった。現在では人工知能などで数学は IT で必須の道具となっているが、よく知られた数学の応用と言えば暗号理論くらいだった。響教授は学生たちに数学者は素因数分解のアルゴリズムを色々研究しているが、ITの専門家は違う方法をとると語った。響教授は数学科に対して威厳を見せたくてこんな話題を口にしたのだろう。ITの専門家は素数をデータベースにして順に割っていく、それが一番早いのだと言う。昔、研究で素数判定の必要が生じたことがあって、コンピュータに詳しい後輩に相談したことがある。その時は響教授と同じ方法を考えていたが、素数表を作るだけで膨大なコストなので無理だと言われた。\( 10^{10} \) 程度の大きさの計算だったが、メモリの問題だったと思う。ITの教授が言うのだから、現実はそういうものなのかと思った。

後日、響教授と別の出張で研究会に電車で向かっていた。

響教授 「素数はどれくらいあるのか。」
私 「\( \frac{x}{\log x} \) ぐらいということが知られています。」
響教授 「意外と少ないな。それくらいならデータベースにできそうだな。」

少ないのか?\( \frac{1}{\log x} x \) と思えば正比例より僅かに少ないだけとも解釈できるから、非常に多いように思えるけど、一体どれくらいの大きさを想定しているのか。響教授は民間企業の研究所出身であり、その研究所で月1回研究会が行われていた。研究会の後で、元同僚と食事したりすることもあり、そこで素因数分解が話題になった。

元同僚 「エラトステネスの篩を知ってるか?」
響教授 「知らん。」
元同僚 (エラトステネスの篩のアルゴリズムを説明する。)
響教授 「そんなの当り前じゃないか。」
元同僚 「それをエラトステネスの篩というのだ。」
響教授 (私に向かって)「知ってたか?」
私 「ええ、知ってます。」

響教授がITの専門家であることしか知らなかった。内容から胡散臭さを感じてはいたものの素因数分解をわざわざ話題にするくらいだから、それ相応の知識はあるものかと思っていたがド素人だったか。大学教授という権威で自信満々に語られては、私だけでなく学生も信じてしまうよな。

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