前回、なぜ修士論文すらまともに書けなかった学生の博士課程への進学を許したのだろう。響教授の話では学位を取るつもりがあるとは思わなかったそうだ。彼は起業の勉強目的で博士課程に進学するという。博士を取るつもりがなくて博士課程に進学するなんてことがあるのだろうか。起業のためなら学費を払ってまで在籍する必要はなさそうだ。進学してから学位を取りたいと言われて慌てたらしい。修士で全く研究していないから、前回の通りテーマ決めから始めることになった。
博士課程に進学してもその後の就職が厳しいことを響教授は危惧していた。一人博士進学を勧めたい学生がいたが、職が紹介できないので誘えなかったという。その学生はニューラルネットワークを研究していた。修士課程では追加学習について研究した。学習済みのニューラルネットワークに新たに追加するパターンだけを学習させると、過去に学習したパターンを忘れてしまう。この問題をどう解決するか。研究課題としては適切であった。同じ問題にチャレンジした研究者は当然いて、結果もそこそこあるようだ。しかし、響研究室ではそんなことには一切目もくれない。このような問題意識を持てるのは高い見識をもった自分たちだけと思い上がっていたように思える。こんな方針では論文を通すのは不可能であろう。後に本人に聞いたところ、実際には博士課程に誘われて断ったという。断って良かったと思う。
課程博士の取得状況はどうだっただろう。電気系から情報系に移ってきた研究室では3年で取得できる事例が多かったようだ。学内にポストがあれば助教に、なければ民間に就職という流れになっていた。他大学の公募で戦える業績はないし、地元の大学にはほとんど就職先がないので仕方ない。純粋な情報系は3年で取得できる方が珍しかった。基準は全然厳しくない。当初は論文2が望ましいが1つは国際会議で代用できるという解釈であったが、国際会議2でも認められるように緩んでいった。情報系は論文を書くのが難しいとスタッフ陣は言っていたが、後で思い返せば指導教員の研究能力自体が低かったようだ。
博士は就職が無いと言われる。しかし、本学での実績を見る限り、少なくとも民間に就職できている。工学研究科であれば就職はできそうに思える。私は准教授昇進後に教え子を博士課程に誘った。将来の就職状況は修士での就職活動を通して調べてもらい、問題なしと結論を得ての話だった。しかし、響教授を始め、数名の教授から批判を浴びることになった。その話はまた次回。