コーシーの積分定理と代数学の基本定理

複素関数入門(神保道夫)の第3章で、コーシーの積分定理の応用として代数学の基本定理が証明されていた。もう少し先に進んでから証明する教科書が多いと思う。よく見かけるのはリウヴィルの定理の応用だけど、ルーシェの定理を使う方法も有名らしい。

(追記)1つ目の証明は偏角の原理の応用であることが公開後に分かった。私が見たのは関数論講義(金子晃)6.2章で、ルーシェの定理も偏角の原理の応用として紹介されていた。偏角の原理では極も扱っているが、代数学の基本定理では極は不要なのでコーシーの積分定理の項目で扱うことができたようだ。

補題

次の補題を証明する。複素関数入門では 例題3.25 に相当する。

多項式 \(P(z) \neq 0\) について、積分 \( \displaystyle I=\frac{1}{2\pi i}\int_{|z|=R} \frac{P'(z)}{P(z)}\,dz\) は円の内部 \(|z|<R\) における \(P(z)\) の重複度を込めた零点の個数に等しい。ただし、積分路上に零点はないと仮定しておく。

\(|z|<R\) における零点を \(c_1,c_2,\cdots,c_r\) とし、\(c_j\) の重複度を \(m_j\) とすると、\(P(z)=(z-c_1)^{m_1}\cdots(z-c_r)^{m_r}Q(z)\) と書ける。

\( \begin{eqnarray}
\frac{P'(z)}{P(z)} &=& \frac{m_1}{z-c_1} + \cdots + \frac{m_r}{z-c_r} + \frac{Q'(z)}{Q(z)}
\end{eqnarray}\)

この等式は、テキストでは対数微分を用いて求めているが、普通に \(P'(z)\) を求めても分かる。両辺を積分すれば、\( I=m_1+\cdots+m_r \) が得られる。

代数学の基本定理の証明

\(P(z)=a_0+a_1z+\cdots+a_nz^n\) とする。\(P(z)\) は重複度を込めて丁度 \(n\) 個の零点をもつというのが代数学の基本定理である。零点の個数を \(N\) とし、全ての零点を含む十分大きな円 \(|z|=R\) をとると、補題より次式を得る。

\( \begin{eqnarray}
\frac{1}{2\pi i} \int_{|z|=R} \frac{P'(z)}{P(z)}\,dz &=& N
\end{eqnarray} \)

\(N=n\) を示すのが目標である。\( \displaystyle \frac{1}{2\pi i}\int_{|z|=R} \frac{n}{z}\,dz = n \) に注意して、\( \displaystyle \int_{|z|=R} \left( \frac{P'(z)}{P(z)} \,-\, \frac{n}{z} \right) \,dz = 0 \) を示せば良いが簡単ではないようで、 \(R\rightarrow \infty\) のときに 0 となることを示す。

\( \begin{eqnarray}
\left| \int_{|z|=R} \left( \frac{P'(z)}{P(z)} \,-\, \frac{n}{z} \right) \,dz \right|
&=& \left| \int_{|z|=R} \frac{zP'(z)-nP(z)}{zP(z)} \,dz \right| \\
&\leq& \int_{|z|=R} \left|\frac{zP'(z)-nP(z)}{zP(z)}\right| \,|dz|\\
\end{eqnarray}\)

分母が \(n+1\) 次、分子が \(n-1\) 次となり、分子の方が2次小さく、0 に収束してくれそうな雰囲気である。まず、分母を下から評価する。

\( \begin{eqnarray}
|zP(z)| &=& \left|a_0z+a_1z^2+\cdots+a_nz^{n+1}\right| \\
&\geq& \left|a_nz^{n+1}\right|-\left|a_0z+a_1z^2+\cdots+a_{n-1}z^n\right| \\
&\geq& \left|a_nz^{n+1}\right|-\left|a_0z\right|-\left|a_1z^2\right|-\cdots-\left|a_{n-1}z^n\right| \\
&=& R^{n+1}\left( \left|a_n\right|-\frac{\left|a_0\right|}{R^n}-\frac{\left|a_1\right|}{R^{n-1}}-\cdots-\frac{\left|a_{n-1}\right|}{R} \right)\\
\end{eqnarray} \)

最後の式の ( ) の中は \( |a_n| \) に収束するので、十分大きな \(R\) に対して \( |zP(z)| \geq \frac{1}{2}|a_n|R^{n+1} \) と評価できる。続いて、分子を上から評価する。

\( \begin{eqnarray}
|zP'(z)-nP(z)|
&=& \left|a_1z+2a_2z^2+\cdots+(n-1)a_{n-1}z^{n-1}+ na_nz^n \right.\\
&&\left.\quad -\left(na_0+na_1z+\cdots+na_{n-1}z^{n-1}+na_nz^n \right) \right| \\
&\leq& \left|a_1z\right| + \cdots+ \left| a_{n-1}z^{n-1} \right|\\
&=& R^{n-1} \left( \frac{\left|a_1\right|}{R^{n-2}} + \cdots+ \left| a_{n-1} \right| \right)\\
\end{eqnarray} \)

最後の式の ( ) 内は \(| a_{n-1} | \) に収束するので、十分大きな \(R\) に対して \( \displaystyle |zP'(z)-nP(z)| \leq 2| a_{n-1} | R^{n-1} \) と評価できる。元の式の評価に戻る。

\( \begin{eqnarray}
\int_{|z|=R} \left|\frac{zP'(z)-nP(z)}{zP(z)}\right| \,|dz|
&\leq& 2\pi R \times\frac{2| a_{n-1} | R^{n-1}}{\frac{1}{2}|a_n|R^{n+1}} \\
&=& \frac{8\pi | a_{n-1} |}{|a_n|R} \\
\end{eqnarray}\)

最後の式は \(R\rightarrow \infty\) で 0 に収束する。

他の方法

他の本がどのような証明を採用しているか探してみたところ、複素関数論講義(野村隆昭)でコーシーの積分定理を使う方法が練習問題(問題 7.47, 7.48)で紹介されていた。意外なことに、この証明が発表されたのは 2015年で最近の事である。

Two Elementary Properties of Entire Functions and Their Applications, Bao Qin Li
The American Mathematical Monthly, 122(2), 169-172, 2015

論文は無料公開されていなかったので、複素関数論講義の記述を参考にした。まず、整関数 \(f(z)\) に対して、\( \displaystyle \lim_{|z|\rightarrow \infty} z f(z) \) が存在するならば 0 であることを示す。\( \displaystyle \lim_{|z|\rightarrow \infty} z f(z) = c \neq 0 \) とする。 十分大きな \(R\) に対して、\( |z| > R \) ならば \( | zf(z) \,-\, c | < \frac{1}{2}|c| \)。\( \displaystyle \int_{|z|=r} f(z) \,dz = 0 \), \( \displaystyle \int_{|z|=r} \frac{1}{z} \,dz = 2\pi i \) より

\(\begin{eqnarray}
2\pi |c|
&=& \left| \int_{|z|=r} f(z) \,dz \,-\, \int_{|z|=r} \frac{c}{z} \,dz \right| \\
&=& \left| \int_{|z|=r} \frac{zf(z)-c}{z} \,dz \right| \\
&\leq& \int_{|z|=r} \left|\frac{zf(z)-c}{z}\right| \,|dz| \\
\end{eqnarray}\)

\( r > R \) ならば \( | zP(z) \,-\, c | < \frac{1}{2}|c| \) だから

\(\begin{eqnarray}
&\leq& \frac{|c|}{2r} \times 2\pi r = \pi |c| \\
\end{eqnarray}\)

となり矛盾が生じる。

多項式 \(P(z)\) が根を持つことを示せば代数学の基本定理は証明されるので、根を持たないと仮定して背理法で示す。\(P(z)=a_nz^n+\cdots+a_0 \,(a_n\neq 0)\) とする。\(P(z)\) は根を持たないと仮定したから、\( \displaystyle f(z)=\frac{z^{n-1}}{P(z)}\) は整関数である。

\(\begin{eqnarray}
\lim_{|z|\rightarrow \infty} zf(z)
&=& \lim_{|z|\rightarrow \infty} \frac{z^n}{a_nz^n+\cdots+a_0} = \frac{1}{a_n} \neq 0
\end{eqnarray}\)

これは、上で示した \(zf(z)\) が 0 以外に収束しない事実に反する。