この本を読み始めたのは高木の初等整数論講義がきっかけだった。虚2次無理数の簡約化のアルゴリズムが与えられていて有限回で得られるとされていたが、有限回であるだろうとは思うが証明できているようには思えなかった。この本の最終章に正確な証明があるらしいと気付いて読み始めた。たまたま保有していてよかった。最終章に不要な所は読み飛ばしたので、残りはまた気が向いた時に読む。欲しかった定理は定理17.2(i) である。
記号の準備
複素上半平面内 \(\mathcal{H}\) の基本領域を
\( \mathcal{F} = \left\{ z\in \mathcal{H} \,;\, – \frac{1}{2} \leq \mathrm{Re}\, z < \frac{1}{2}, |z| \geq 1, |z|=1 \Rightarrow – \frac{1}{2} \leq \mathrm{Re}\, z \leq 0 \right\} \)
で定義する。\( \mathcal{F} \) に属する2次無理数を簡約形と呼ぶ。
\( \mathrm{SL}_2(\mathbb{Z}) \) の2つの元を次で定義する。
\( \begin{eqnarray}
S &=& \left( \begin{array}{cc} 1 & 1 \\ 0 & 1 \end{array} \right) \\
T &=& \left( \begin{array}{cc} 0 & -1 \\ 1 & 0 \end{array} \right)
\end{eqnarray} \)
アルゴリズム
ステップ1 \( -\dfrac{1}{2} + t \leq \mathrm{Re}\, z < \dfrac{1}{2} + t \) ならば \( -\dfrac{1}{2} \leq \mathrm{Re} \left( S^{-t} z \right) < \dfrac{1}{2} \) である。\( S^{-t}z \) を新しく \(z\) とする。\( |z|>1 \) ならば \( z \in \mathcal{F} \)、そうでなければ次のステップに進む。
ステップ2 \( |z|=1 \) ならば \( z \in \mathcal{F} \) または \( Tz \in \mathcal{F} \) である。\(|z|<1\) ならば次のステップに進む。
ステップ3 \( Tz \) を新しく \(z\) として、ステップ1に戻る。
初等整数論講義ではステップ3で \(z\) 虚数部が大きくなることを理由に有限回で \( z\in \mathcal{F} \) が得られるとしているが、釈然としない。
証明
テキストではアルゴリズムは証明内に書かれている。ステップ1,2は \(S,T\) の作用を理解していれば簡明なので、ステップ3のみが対象となる。初等整数論講義との違いは、虚数部ではなく、2次多項式の係数に着目している点である。ステップ3において、置き換える前の \(z\) を考え、変換後の値は \(z'(=Tz)\) と書くことにしよう。\(z\) が2次多項式
\( ax^2+bx+c \in \mathbb{Z}[x],\,(a,b,c)=1,\,a>0 \)
の根であるとする。根 \(z\) は虚数なので \(b^2-4ac<0\) であり、\(c>0\) が得られる。 \( \overline{z} \) も根なので \(|z|^2=\dfrac{c}{a}\) である。ステップ3では \(|z|<1\) だから \(c<a\) である。\(z’=Tz=-\dfrac{1}{\overline{z}}\) より \(\overline{z}=-\dfrac{1}{z’}\) となる。\(\overline{z}\) も \( ax^2+bx+c \) の根なので、\(z’\) は \(cx^2-bx+a\) の根となる。 \(c<a\) なので最高次の係数が小さくなったことになる。係数は下は 1で有界なので、有限回で終わることが分かる。簡単だからテキストで触れられていないのだと思うが、ステップ1でも最高次の係数が増えないことを確認する必要がある。\(z’=S^{-t}=z-t\) より、\( z’ \) は \( a(x+t)^2+b(x+t)+c=ax^2+(2a+b)x+at^2+bt+c \) の根である。\((a,2a+b,at^2+bt+c)=1\) を示す。\((a,2a+b,bt+c)=m\) とすると、\( a \equiv 0 \mod m \), \(2a+b \equiv b \equiv 0 \mod m\), \(at^2+bt+c \equiv c \equiv 0 \mod m\) となり \((a,b,c)\equiv 0 \mod m\) であり、\( m=1 \) でなければならない。
最高次の係数を下げる所で、「かならず1小さくなる」と書かれている。小さくなれば十分なので、下げ幅が1である必要はないのだが、理由が分からず証明を試みていた。上手く行かずに反例を探してみるとすぐ見つかった。\( z=\sqrt{\dfrac{-1}{3}} \) は \( 3x^2+1 \) の根である。\( \mathrm{Re}\,z = 0 \) かつ \(|z|=\dfrac{1}{\sqrt{3}}<1\) なので、ステップ3に至る。\(Tz\) は \(x^2+1\) の根であり、最高次の係数は2小さくなる。すぐ見つかりそうな誤りだったが執筆時点では訂正はまだ無い。最後まで読む人が少ないことの表れだろうか。